4月

無職になって気づけばもう1ヶ月近く経つ。
ほとんど仕事の引き継ぎができず辞めたので、ちょこちょこ前の職場から連絡が来る。
Oさんからのメールには「いないという実感が全くないです」とか「(付き合いが長かったので)いなくなって寂しいです」という内容のメールが書かれていて、「最近Oさん元気がないってタレコミ入ってますけど大丈夫ですか?」と冗談で返すも、ちょっと泣きそうになる。
来月にもなれば、仕事の忙しさや新しいスタッフも慣れて私のことは徐々にどこか隅っこに追いやられていくだろう。寂しいけれど。


自宅で仕事をする毎日。
10年前にもふわふわしていた時期があったが、その頃よりも気持ちはしっかりしている気がする。
これからどうなるかわからないけれど。

備忘

金曜に実家から連絡があり、全く食事が食べれなくなり衰弱してしまったため13日から再入院。
人工透析を始めるとのこと。透析ははじめのうちはかなり体に負担がかかるらしい。果たして体力が持つのだろうか。
今週末実家に戻る予定。


ふんわりフェードアウトするように辞めるつもりだったのだけれど、退職することが公になると、いろいろな方面から「残念です」と声がかかるようになった。
わたしも残念です。
就活もこの先の生活のこともなんだかどうでも良くなってきいる。
私には会社に勤めるとか働くとかそういう社会生産的なことが向いていない。

姥捨山に親を捨てたような気分

親の介護施設の引越しだった。
施設の引越しはこれで4度目。

自分の直感はよく当たる。
スタッフや建物の雰囲気が悪いと大体組織全体が良くない。

テレビCMをやっている不動産会社の施設にも入居したこともあったが、スタッフの教育の悪さ、食事の不味さに憤りを覚えたこともあったし、白内障手術の際には処置する目の左右を間違えて目薬を挿されていてスタッフに大激怒したこともある。
金儲けの為に介護ビジネスやってんじゃないかとすら思う。

残業で23時過ぎに家帰って来て翌朝普通に出勤というのが辛くなってきた年ごろ。
先輩職員のように在職中に次の仕事を決めたり、結婚、妊娠するといった計画性がつくづく乏しい。

ふりだしにもどる




色々あった1週間だった。
最終面接が終わり、内定通知を貰ったものの、やはり自分の中で折り合いがつかず内定を辞退した。
面接は終始和やかで、いい環境なのだと思った。人も良さそうだった。
本命で応募していた求人先の選考結果がやっと来るも、選考結果は不採用。
これで完全にふりだしに戻った。

今いちばん寂しい

これまでの人生の中で「最終面接のご案内」なんてもらったことがなく、通知をもらったこと自体はとても嬉しい。
が、やはり給料の低さが気になる。家賃と税金、保険料を引いたらほとんど手元に残らない。

アルバイトを掛け持ちしていた頃、収入はほとんどなかったけれども、大学卒業の時に作った銀行口座には500万たまった。
更新のたびに値下がり続ける家賃と卒業後も近所に住んでいた友達やバイト先の人達や環境のお陰。本当に恵まれた環境だったと思う。


再び漂流する人に戻るわけだけれども、あれから歳をとり、家族が病気になり、変わらないと思っていたのに色々なことが変わって以前と同じ生き方じゃきっとうまくいかないような気がしている。